日記「花ひらく人生」

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2008年06月03日

鬱・・・私の場合⑥

DSC02196.JPGあれから15年。
ようやく過去と向かい合える時期が訪れて
記憶の扉が、ぽんと音をたてて開いたのでしょうか。

こうしてつらつらと書きながら、
(なんとまぁ小さなことで悩んでいたものだ)とも思いますし
(よく頑張ったなぁ)と昔の自分が愛おしくもなり、同時に
(あまりにも頑張り過ぎていたなぁ)と省みてもいます。
あの頃、上手に流れに身をまかす術を心得ていたら、
もっと楽に新しい環境に順応できていたでしょう。

日本にいたときの価値観やスタイルを早く脱ぎ捨てていたら
あれほど肩肘はってしゃかりきになる必要もなかったでしょう。

万物はすべて流転する。
人間関係も、環境もすべて有機的なサイクルの中にあるもので、
目に見えないところで常に変化し動いているものです。
いまどんなに苦しい状況にあったとしても、それが一生続くものではない。
過ぎ去ってみて、わかったことです。
あるときは殻にひきこもり、
また自分のサイズに合わない衣服をまとい、
あるいは好みではない音楽を聴きながら、
いつか必ず吹いてくる変化の風を
諦めず待つ時期も人生にはあるのだと悟るようになりました。

けれど、やはり、ただ待つのでなく、自分から風を起こしたい。
自分がそういう人間であることからは、
どうやら逃れられない宿命の(笑)ようです。

世の中、すべて自分の思い通りになることは何ひとつありません。
だからこそ、そういう環境の中に生きるからこそ、
自分が絶対に譲れないものと、そうでないものとが
次第に明確になってくるのだと思います。
譲れないものが明らかになればなるほど、
(まぁ、どうでもいいかぁ)と捨てられるものが増えて、
生きることが楽になっていくと思います。

自分の譲れないものが明確になり、
本当に自分を大切にして生き始めると
同じように自分を大事にして生きている人が周囲に集まってきます。
自分を本当に大切にしている人は、他者を尊重できる人たちです。
人を嫉んだり、うらやんだり、束縛したり、足をひっぱったりすることは、
人生という限られた時間の最大の無駄づかいであることを知っている人たちです。

命の無駄遣いはしたくない。
自分という存在を「燃えないゴミ」のようなものにしたくない。
時を重ねれば重ねるほど、強くなっていく私の思いです。
綺麗に魂を燃焼し尽くして、そして何の心残りもなく人生を終えることができたら
どんなに幸せだろうかと、思うのです。

さて、実は、日本に帰国してからもまた、新しい壁に突き当たってしまった私でした。
自分がおかれた環境への違和感、閉塞感、いいようのない喪失感・・・
絶えることがない身体の不調に悩む日々が始まります。

そんなこともまたいつか、徒然に書いてみようと思っています。

この記事のURL | コメント(0) | ココロ&カラダ&アタマ 

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