日記「花ひらく人生」
2009年02月27日
「考え」を手放す。
人間の考えることの
おおよそ9割方は「間違い」なのではなかろうか?
最近とみに思うのです。
考えて、考えて、考え抜いたあげく、
もっともいけない選択をしてしまっているのが
人間なのではなかろうか?
人間が「考えた上での最善」の選択が
引き起こしたものが、いまのわたしたちの
過ちと欺瞞に満ちた世の中なのではないだろうか。
そんな気がして、ならないのです。
かくいう香園も、考えることがとても好きな人間です。
(そもそも~こうあるべき、だから)(いや、もしそうであるならば)(とはいえ~では)
頭の中にたくさんの自分が登場して討論をはじめ、うるさくてなりません。
考えて、考えて、考え抜いて、眠れなくなってしまうこともあります。
(考えちゃいけない!)と思うほど、考えることを止められなくなってしまいます。
こんなときは「ああ、愚かなわたしは考え病(やまい)」に罹ってしまったのだと、
熱や咳をとめようと薬で抑えるとかえって病が重くなるのと同じだと、判断して、
(いいから気が済むまで考えていなさい)と思考が迷走するままにまかせておくことにしています。
考えて考えて、さすがに考え疲れて眠りに落ちて、朝になったら考え病は治っています。
あんなに考えた昨日の自分は、なんておばかさんだったろう、と我ながら呆れ、
そして考えたことはすべて手放すようにしています。
その結果、あれ程懸命に時間を費やして考えたことからほど遠い選択をしているのです。
(そんなのあり得ない)(間違っている)と何度も否定した道を、
羽のように気軽な心で、まるで根拠のない確信に満ちて、選び取ったりしています。
やっぱり自分はおばかさんだなぁ、と思いながら。
それは、おばかさんなりに見つけたことがあるからなのです。
わたしを導いてくれるのは、考えではなくて、
お豆をひとつぶ口にした瞬間に、すとんと軽くなった身体の感覚だったり、
目覚めた朝に窓の外に広がる抜けるような青空であったり、
誰かの思いがぽんと胸に飛び込んできて溢れだした涙だったり、
言葉では説明がつかない何かもっと別のものであることを、知っているからです。
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