日記「花ひらく人生」
2009年06月10日
幸福の種は、心の奥深くで。
「畑の学校@マルタの家」農作業のため、
信州にて週末を過ごしました。
1ヶ月ぶりに逢う畑は、緑が茂り、
空色は奥行きを広げ、緑陰は瑞々しく。
畑を包む深い陰影は、ため息をつくほどの美しさです。
庭のテラスに荷物を置いたなりまっすぐに畑に向かい、
光るほどに白いカモミールの花群の中に、身を沈めます。
大地に帯を広げたように漂う甘い香り、
それに負けないほどに甘い色をした初夏の夕闇が、
心と身体をやわやわと解かしていきます。
あぁ、幸福とは、まさにこの感覚。
胸の辺りから身体のすみずみにまで涙のような温かさが広がっていきます。
翌朝は、5時前に目覚めると身支度もそこそこに畑に向かいます。
ぷちっ、ぷちっ。
夜の間にひんやりと濡れた花びらを、ひとつ、ひとつ指先で摘んでいきます。
ふと、忘れていた記憶がよみがえりました。
そう。あれはちょうど10年前。
有機農法で育てられた植物から化粧品を作る企業の取材で
オーストラリアの広大な自社農園を訪れたときのことです。
大輪のバラやラヴェンダー、ネトル、カレンヂュラなどのハーブが育つ様、
エキスが蒸留される工程を見学して、創業者とのインタビューの中で、
~~日の出前にカモマイル畑に出て花びらを手で摘んでいるのですよ~~
そんなエピソードをこぼれ聞き(わたしもやってみたい!)と声をあげていました。
楽しそう、面白そう。
ただただ単純に心に浮かんだ思いを言葉にしただけで、
現実化のために特別な努力を重ねたということでもないのに、
その通りを、いま、まさにこうして行っているのだなぁ。面白いなぁ。
思いというものは、何であれ忘れずにいることが大切なのだなぁ。
それが真実の思いであれば、無理のない、自然な思いであれば
ちゃんと形になって、実現するものなのだなぁ。
南半球の強い日差しの元、むせるほど力強い大地に眩暈を覚えた、あのとき、
わたしの心の中に、小さな小さな種が蒔かれたのでしょうか。
種は、知らず知らずのうちに私の心の中に根を生やし、芽吹き、
双葉を広げ、空に向かって背を伸ばしていったのでしょうか。
それとも、その種は、もっとずっと昔から私の心の中に蓄えられていたもので、
長い眠りを経た後、然るべき期日、然るべき場所に辿り着いたときに、
自然と発芽するように仕組まれていたものだったのでしょうか。
風が運んできたか、鳥が落としていったか、あるいは太古から大地に眠っていたか。
いずれにしろ、種は、土壌や水、気温、相応しい環境に巡りあうことなくては、
土から顔を出し、再び天と出会い、空に向かって伸びていくことはできません。
沢山のお蔭様がつながって、こうして、カモミールの小さな花びらを、
ひとつ、ひとつ、ぷちっ、ぷちっと、指先に感じている、
(いま、このわたしは、あぁ、なんて幸せなのだろう)
言葉は吐息にのって空に融けていきます。