日記「花ひらく人生」
2009年06月01日
幸福は「わらしべの循環」の中に。
みなさん、「わらしべ長者」ってご存知ですか?
身一つで出かけた旅の途中に拾った藁。
その藁を、困った人に差し出して、
変わりに受け取った蓮の葉を、今度は味噌に、
味噌が刀にと交換されていくうちに
あれよあれよという間に長者の婿になってしまった。
そんなストーリーの、日本の民話です。
幸福の仕組みとは、まさにこの「わらしべ長者」なんです。
1本の藁が、出会いの中で、次々とめぐりめぐって姿を変えていく。
何かを差し出し、また、何かを受け取るという
人とのつながりの中にあるもの。
眼の前に居る人に、その人が本当にほしいものを差し出す、
ちょっとした好意が、姿を変えて自分に戻ってくる。
人が喜ぶこと、それが、そのまま自分の幸せにつながっていく。
そんな幸福の仕組みを、伝えているように思います。
なによりこの若者、執着というものがありません。
どんなときでも恬淡として、たったひとつしかない所有物を人に与え、
差し出されたものを素直に受け取って、またすぐにそれを人に差し出す。
手放す、ということが、新しい幸福の扉を開いてくれます。
物に、あるいは人に、地位に、名誉に。
執着することが苦しみや悩み、恐れを生み出します。
わかってはいても、執着の闇の中にいるときは、そのことを忘れがちです。
「どうせ、これはもらったものだから」
手にした物を他人から請われて、若者は、こう言います。
考えてみたら、わたしたちが「所有して」いると信じているものは、
その根源を遡って考えてみたら、すべて、「誰かからもらったもの」なのでは、ないでしょうか。
この藁しべが指すものは、たんに「もの」という物質だけではなくて、
そのひとの「才能」「能力」を指しているようにも、思えます。
この世に生まれ頂戴した命、自分自身の存在の可能性を
惜しむことなく、人のために役立てなさい。
たとえそれが、1本の藁しべほどにか弱いものでも。
日本の昔の物語はさまざまな「幸福目線」を教えてくれます。
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この記事へのコメント (2)
投稿者: 松原勝義 2009年06月05日 19:53
素晴らしい事ですね。
今ほど執着を手放す事の大事な時は無い様に感じます
新しい世界を開くために・・・・
感謝いたします。
投稿者: ayanokouzono 2009年06月10日 21:31
松原さま。
いつも読んでくださってありがとうございます。
たとえ藁一本でも握りしめ、掴んだ手を離すことは
むずかしいものですね。
手放せば、うんと楽になるのに・・・
少しつづ、わたしも学んでいます。