日記「花ひらく人生」

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2009年08月20日

我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか

%E6%BA%80%E6%9C%882009.JPG 《 我々はどこから来たのか
我々は何者か 我々はどこへ行くのか 》

この1カ月の間に参加したふたつのセミナーが
まったく系統の異なるテーマであったにもかかわらず、
どちらも、同じポール・ゴーギャンの絵画から
始まったことに興味を覚えて、東京国立近代美術館にて
開催中の「ゴーギャン展」に出かけてきました。

セミナーのひとつは最先端の天文学研究者による
「わたしたちは宇宙のどこまでを理解したか」
(8月1日 六本木ヒルズ 六本木天文クラブ スピーカー:高梨直紘)

そしてもういっぽうの講座のタイトルは、「霊界の真相」
(8月19日大本東京本部 21世紀、生きがい講座 講師:森良秀)

最先端の科学と、宗教と、相反するジャンルであるようで実は、
同じテーマを追求するものであることが、一葉の絵画を通して明らかになります。

「宇宙」、「霊界」、どちらも肉眼でとらえることは不可能であり、
解明できない謎に満ちた神秘的で壮大なテーマです。
どちらのセミナーも、できるだけ簡明に、また誤解のないように
深遠な世界を言葉を選んで解説頂いて、非常に学ぶことの多いものでした。

≪我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか≫

さて、ゴーギャンが人生の終盤に描いた最高傑作といわれるこの作品。
アダムとイブ、ペルーのミイラ、月の女神ヒナ、キリスト、
東西のさまざまなモチーフをモザイク画のように散りばめながら、
原始の野性と、文明社会の心の闇とを、対比させるように描きだしています。
同時に、そのどちらの世界にも属しきることのできない芸術家ゴーギャンの苦悩が
画面の奥から迫ってくるようで、心朗らかに観ることはできませんでした。

香園の目にとまったのは、会場の最期に展示されていた
『女性と白馬』という、比較的小ぶりの作品です。
死の直前に描かれたというこの絵は、
これまでのゴーギャンの刺激的で野性的なタッチは影をひそめ、
花々が咲く草原に、白服に身を包んだほっそりとした女性が3名、
画面中央には白馬が、背景に描かれた青山の中腹には白い十字架。
古代の神話の世界のような穏やかな平安を感じさせます。

画家自身の投影として常に描かれる犬のモチーフも、ここには登場しません。
死を前にして自我を離れた境地が投影されているのでしょうか。
社会と抗う放浪の人生を選択した「天才」が、行きつくところ
神の世界に平安を求めるようになったことを表しているのでしょうか?

会場を出る間際にこの作品に出合ったことで、
ほっとした救いのようなものを感じつつ、
さりとて、人間の業の深さというものに対する恐れのような思いを
忘れ去ることはできず、胸に残る滓のような感情を抱えながら
残暑の照りつけるお堀端を歩いて地下鉄へと向かいました。

《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか
ゴーギャン展 竹橋 東京国立近代美術館にて開催中
http://www.gauguin2009.jp/access.html

写真は先日の満月ですが今日20日は新月なのです。悪しからず☆

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