日記「花ひらく人生」
2009年09月13日
「この世で一番可愛くて、けなげな、女」
信州、上田「マルタの家」で畑作業を終えて
さて夕食を頂こうかという時間、
ヴォイス・ヒーラーとして活躍なさっていた
渡邊満喜子先生の訃報が届きました。
お元気に回復されているとばかり…
思いもかけない、お知らせでした。
告別式には、なんとか参列することができました。
ここ2年ほどすっかりご無礼をしていたのですが
ご遺族のご厚意でお骨を拾うまでご一緒させて頂き、
ゆっくりとお別れのご挨拶のときを頂戴したことは、
失礼を重ねていた身としては何よりの心の救いとなりました。
2004年の夏に初めて先生のクラスに参加したときの驚き。
発声によって心が、身体が、これほど深い響きを、輝きを与えられるとは!
「声で身体が開いていく感覚はアロマが与える身体感覚と同じであるように感じる」
クラスの後のお茶会で先生にそんな思いをお伝えしたことをきっかけにして、
翌年の7月7日に「香りと声の融合」をテーマにワークショップをご一緒しました。
フラワーオブハートという名前でさまざまな活動を始める第一歩となった企画です。
先生との出会いがなかったら、さて、いまの私は今頃何をしていたでしょうか。
その後も満喜子先生には度々機会を頂戴してさまざまな企画をご一緒させて頂きました。
かつて編集者であったこと、海外での体験をきっかけに
目に見えない世界の扉が予期せぬ形で開いてしまった経緯など、
「香園さんと私とは、なにか重なるところがあるのよねぇ」
何度かそう言葉にされて目をかけて下さったこと、有難く思いだされるばかりです。
メキシコに住まわれた体験もあってマヤ暦にも大変関心が高く、
私の白金台サロンのセミナーに足をお運びくださったこともありました。
高千穂や久高島での野外セミナーで空に向かい、風に乗って唄ったことも懐かしい思い出です。
ほんとうに正直で、物事をはぐらかしたり言い抜けたりすることのない方でした。
ヴォイス・ヒーラーとして生きることに精根尽くされた満喜子先生。
その喜びも、悲しみも、苦しみも、恐れも、どれほど深いものであったでしょうか。
「この世で一番可愛くて、けなげな、女」
夕陽に照らされる富士山と薄茜色の空と白い沢山のお花に包まれて
美しいお顔のままこんな言葉を最愛の男性から贈られて新しい人生へと旅だった
満喜子先生、沢山の愛の響きをありがとうございました。
>すべての日記を読む │ << 前の日記 │ 次の日記 >>