日記「花ひらく人生」

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2009年11月16日

自然の中に「ゴミ」はありません。

IMGP0649.JPG信州の畑と東京との間を
何度か行き来する間に
季節が移っていきました。

山は茜色、柿色、肉桂色、葡萄色、栗色で
染め上げられた絨毯のように。
木々の梢の葉は落ちて、
空がうんと広くなった庭を
朽ち葉色の風が
からころと音を鳴らして通っていきます。

1枚の落ち葉の中から豊饒な色彩が
渦をまいて溢れ出るように目に飛び込んできます。
1枚の落葉の中に、驚くほど豊かな色彩のドラマがあります。

何も手を加えない自然の造詣の見事な美しさ。
枯葉には、枯葉なりの美しさと営みがあって、
猫には猫の美しさと、本分がある。
それぞれがまったく別々の性を生きているけれど、
やがて朽ちて大地の一部となり、また別の生命の糧となっていく。

だから、自然の中には「ゴミ」はありません。

ゴミを作り出しているのは、人間だけなんです。
大きな循環のサイクルの中で朽ちていくことがないゴミ、
けっして土壌に還ることが無いゴミ、
他の生命に代わることができないゴミ、
生命を一瞬にして破壊する力をもったゴミまで。

沢山のゴミを作り出しているのは、
「自分さえよければ」というわたしたちのエゴ、心の汚れです。
「もっと、もっと!」と限りがない欲望です。

与えられたものに満足できない。
人のものをこっそり自分のポケットに入れようとしたり、他人を羨ましがったり。
信州の自然の美しさが見事であればあるほど、人間の心に巣くうゴミが
くっきりと見えてしまうのでしょうか?
残念で、せつなくて、身体の内側から力が抜けていってしまいます。

猫は、可愛いなぁ。

自分が食べられないものはけっして欲しがったりしないし、
うっかりしてエサ箱が空になっていても
少し離れたところまで来て、
(ちょっと、お願いを聞いて頂けますか?)というように遠慮がちに
小首をかしげて「ニャァ?」と鳴くだけなんですよ。

猫を見習って生きたいなぁ。

この記事のURL | コメント(0) | 「畑の学校」 

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